高野秀行『ワセダ三畳青春記』野々村荘という理想郷

昔から古いアパートに対する謎の憧れがある。

大人になるための通過儀礼として、学生のときに住んでおきたかったなあといまでも思う。

そんなボロアパートを舞台にしたエッセイが、高野秀行著『ワセダ三畳青春記』。

家賃はたったの12000円で、住人は変人奇人のオンパレード。

トラブルの連続。面白くないわけがない。

目次

変人奇人の隣人たち

舞台となるのは高野氏が暮らす野々村荘というボロアパート。変わった隣人との間に数々のトラブルが発生する。

守銭奴という男は、隣の部屋の寝返りの音にクレームをつける。彼にとって廊下を歩くゴキブリの足音すら騒音に聞こえ、末期には腐った飯を朝晩二回鍋でぐつぐつ煮込み、想像を絶する悪臭をアパート内にまき散らす。

10年以上司法試験の浪人をしているケンゾウさんは、何度注意しても、留守中に勝手に部屋に上がりこんで代わりに電話に出てしまう。しまいには彼女から「知らないおじさんが電話に出て怖い」と言われフラれる始末。

そんな数々の珍事件に嫌気がさし、うんざりする高野氏であるが、知らないうちに野々村壮が心の拠り所になっていることに気づく。

大家さんであるおばちゃんのチャーミングな人柄、同じアパートに住む冒険部の憎めない後輩。早稲田大学目の前という立地から、連日のように押し寄せる部員たち。

貧しいながら自由な雰囲気がそこにはある。息苦しい社会とは隔絶した、ゆったりとした時間が野々村壮には流れている。

周りの友人たちは次々と社会に出て行くが、高野氏はすっかりぬるま湯に慣れてなかなか抜け出せない。一度はスーツを着て大人になろうとするも、それも一週間で終わってしまう。

野々村壮の魔力なのか、再び怠惰な生活に身をやつす。毎日予定もなく、昼過ぎに起きる。そんな人間くさい生活にだらしない大学生活を思い出す。

野々村壮との別れ

そんな高野氏にも転機が訪れる。彼女ができたのである。

ひょんなことから出会った二人でだが、まるで運命に導かれるようにしてお互い惹かれていく。そして彼女の存在があまりにも大きくなったとき、彼は野々村壮を後にすることを決心する。

住み始めて10年目のことだった。守銭奴もケンゾウさんも、もうみんないなくなってしまっていた。

読み終わった後には、自分もまるで野々村壮の住人の一人だったかのような郷愁を覚える。

ユニークな登場人物に、現実離れした出来事の数々。素直に笑えて楽しめる一冊。

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