日系カナダ人の街「スティーブストン」をたずねて

バンクーバー南西の街、スティーブストン (Steveston)。

ホエールウォッチングや缶詰工場が有名な小さな漁村ですが、かつてここにカナダ最大の日系人コミュニティがありました。

第二次大戦で強制移住を強いられるまで、たくさんの日本人が移り住んだといわれています。

日系カナダ人の歴史を知るために、スティーブストンに行ってきました。

スティーブストンについて

缶詰加工工場で栄えた街

もともとスティーブストンは、鮭の缶詰加工工場で栄えた街でした。

19世紀後半には缶詰工場が密集し、「鮭の街」(Salmonopolis)と呼ばれていたほど。

ジョージア湾缶詰工場(Gulf of Georgia Cannery)は、当時のブリティッシュコロンビア州で最大規模。

街の衰退とともに1979年に工場は閉鎖しましたが、跡地は国定史跡に登録され、漁業博物館として公開されています。

日系カナダ人のコミュニティ

漁業と缶詰工場で栄えたスティーブストンには、多くの労働者が押し寄せました。

カナダに渡航したはじめての日本人、永野万蔵もフレーザー川で鮭漁の漁師として働いていたひとり。

永野万蔵は、カナダのフィギュアスケート選手キーガン・メッシングの高祖父というから驚き。

1888年には、横浜から単身渡航した工野儀兵衛(くのぎへえ)がフレーザー川の鮭を見て、「フレザー川にサケが湧く」と故郷に知らせます。

地元の和歌山県日高郡三尾村(現美浜町)からたくさんの村人や漁師たちを呼び寄せ、カナダ最大の日系人コミュニテイを形成しました。

しかし、第二次大戦をきっかけに政府が漁船や土地、財産を没取。

強制移住を強いられ、日系人コミュニティは消失。

戦後コミュニティは回復するも、かつての繁栄を失ってしましました。

ちなみに、移民を多く輩出した三尾村は、アメリカ村と呼ばれています。

スティーブストンの場所

スティーブストンは、ブリティッシュコロンビア州の南西にある小さな漁村です。

バンクーバーの隣の市、リッチモンドの南のフレーザー川の河口に位置しています。

バンクーバーの中心から、20kmほど離れた辺鄙な場所です。

バンクーバーの中心からスカイトレインとバスで約1時間の距離です。

スティーブストンを観光

電車とバスで行く

バンクーバーのダウンタウンから、スティーブストン港に向かいます。

スタートは、バンクーバーシティセンター駅(Vancouver City Centre Station )。

スカイトレインに乗って、リッチモンド・ブリッグハウス駅(Richmond Brighouse Station)まで行きます。

カナダライン(Canada Line)の終点が、リッチモンド・ブリッグハウス駅。

乗り換えなしの一本。ダウンタウンからの乗車時間は約24分です。

リッチモンド・ブリッグハウス駅に到着しました。

ここからはバスに乗って、スティーブストン港にむかいます。

バス乗り場は改札を出たすぐそば。

Bay2発のバス停から、401か407のバスに乗車します。

スティーブストン港まではバスで20分ほど。

地元の人しか利用しないようなローカルバスでした。

終点がスティーブストン港の最寄り。

港までは、ここから歩いて5分ぐらいです。

バス停の横には、「ICHIRO」という日本食レストランがあります。

ここから歩いて港の方にむかいます。

のどかな港町スティーブストン

のんびりしている港町というか、ほとんど人が歩いていませんでした。

平日の午前中だったので観光客どころか、地元の人もほとんどいません。

3月でまだ肌寒かったのもあると思います。

通りには何軒かお店が並んでいますが、けっしてにぎやかではありません。

静かというより、すたれているといった印象です。

一見すると、営業しているかどうかわからないお店ばかり。

このお店はやっていました。

街の中心地、ファースト・アベニュー(First Ave)とモンクトン・ストリート(Moncton St)の交差点。

100年前は、季節労働者や漁師が押し寄せ、スティーブストンはにぎわっていました。

鮭の街(Salmon City)として人口は1万人以上に達し、週末になると漁師たちが街を練り歩き、モンクトン・ストリートを救世軍のブラスバンドが行進していました。

ただ、いまとなってはほとんど面影もありません。

スティーブストン博物館

交差点の角には、スティーブストン博物館(Steveston Museum)があります。

もともとこの建物は、街ではじめての銀行でした。

博物館だけでなく、1階には郵便局が入っています。

普通に地元の人が利用しています。

その裏には、日系人漁師慈善協会ビル(The Japanese Fishermen’s Benevolent Society Building)があります。

中では、スティーブストンの日系カナダ人の歴史を展示しています。

郵便局がある博物館とつながっていて、入り口は同じ正面玄関から。

中に入ると郵便局の窓口があり、その奥に博物館があります。

とても小さくて、スティーブストンについての展示が数点あるのみ。

入場料は無料で、だれでも見学できます。

これはかつて銀行だった時代の所長室。

本当にこれだけの小さな博物館です。

日系カナダ人展示場

博物館から渡り廊下でつながっているのが、日系カナダ人の展示場です。

壁には、日本人の苗字が書かれた板がかかっていました。

もともとこの建物は、日系人漁師の病院や日本人学校の事務室として使われていました。

それが展示場としてオープンしたのは2015年。建物内は新しくて綺麗です。

祖国に富を持ち帰るという夢を抱き、日本人の男たちはスティーブストンに渡りました。

フレーザー川にいる大量の鮭に希望を見出し、現地で仲間の助けを得て鮭漁に携わります。

三尾村(現美浜町)の人たちは、歩いて川を渡れるぐらい鮭がいたときかされたそうです。

1900年代初頭には、日本人造船技師が現地の造船業で優位を占めるまでに。

やはり、カナダでの生活はハードなものでした。

妻となる女性が日本からやってくるのですが、それは家族が選んだり、写真だけを見て結婚を決めたそう。

希望を抱いてカナダに来ても、厳しい生活に直面して「来なければよかった」と後悔する女性もすくなくなかったとか。

低賃金や漁業権の制限など、差別とたたかうためにも日系人のコミュニティは機能していました。

そして、1941年真珠湾攻撃をきっかけに第二次大戦がはじまり、日系カナダ人コミュニティは標的にされます。

西海岸にいた2万人以上が、ブリティッシュコロンビア州の強制収容所への移動を余儀なくされました。

スティーブストンだけでも2千人以上がいたそうです。

戦争が終わっても、すぐに西海岸に戻ることは許されませんでした。

彼らが帰ることができたのは、終戦から4年たった1949年のこと。

スティーブストンに帰ってきた日系カナダ人たちは、再び漁業に従事してコミュニティを立ちなおします。

いまでは選挙権も認められ、カナダ国民としての権利を有しています。

日系人の漁師は仏教徒が多く、1928年にはじめてスティーブストンに仏教寺院が建立されました。

スティーブストンには剣道クラブもありました。

第二次大戦中に一度解散されるも、1949年に再びリッチモンドに戻ってきました。

剣道防具も展示されています。

マーシャルアーツ(武道)も日系人には欠かせない存在でした。

写真では屈強な男性たちが化粧まわしを着けています。

1931年ごろには、スティーブストンではじめての柔道クラブができました。

かつて、日本人による病院もありました。

1909年、スティーブストンに日本語学校が設立されました。

日本人の子供たちは、1923年まで公立学校に入学できませんでした。

昔使われていた道具も展示されています。

おそらく日本からはるばる持ってきたのでしょう。

「伊吹山陳熟艾」というお灸に使うもぐさもありました。

これはスティーブストンにおける日系人の分布図。

1930年代には、2500人の住民のうち、2000人近くが日系人だったそう。

商店や床屋、レストランなど、街の3分の2のビジネスが彼らによるものでした。

それが1951年には、250世帯ほどまでに減少。

戦争による影響ははかり知れません。

よりよい生活を求めて日本から移民としてやってきた日系人。

漁業で成功し、スティーブストンの繁栄に大きく貢献しました

カナダの小さな漁村に、たくさんの日本人がいたことを忘れてはいけません。

日系カナダ人展示場の営業時間は、9時半から5時。

日曜日は12時から4時までです。

1時間ぐらいいましたが、僕以外だれも来ませんでした。

外に出ると、マーシャルアーツのスタジオがありました。

「Waves Coffee House」というチェーンカフェも。

海の近くでロケーションがよく、店内も広くて快適そうでした。

周辺には「BLENZ COFFEE」など、カフェが何軒かあります。

「横浜 YOKOHAMA」というスティーブストンで20年以上営業している鉄板焼き屋さん。

スティーブストン港

スティーブストン港(Steveston Harbour)です。

小さな港ですが、レストランなどお店が並んでいます。

「Blue Canoe Waterfront Restaurant」という人気のレストラン。

周りはほとんどだれも歩いていないんですが、ここだけ人が集まってました。

どのレストランも、バンクーバー名物フィッシュアンドチップスがメニューにあります。

本当にのどかな雰囲気です。

フィッシャーマンズワーフ

「フィッシャーマンズワーフ(Fisherman’s Wharf)」という小さな波止場です。

小さな船が何隻か停泊しています。

ホエールウォッチングもやっています。

バンクーバーから車で30分の場所で、クジラを見られます。

冬の間はやっていないようでした。

シーライオン(アシカ)もいますが、餌をやるのは禁止。

2017年にここの波止場で、少女がアシカに海に引きずり込まれる事件が発生しました。

幸い無事だったようですが、気をつけましょう。

ちなみに、この日は寒かったせいか一匹もいませんでした。

波止場の先端からは、シェイディー島(Shady Island)という細長い島が見えます。

波止場から見たスティーブストン港。

この桟橋では魚が売られたりするそうですが、この日はそもそも人がいませんでした。

沖合には大きめの船も停泊しています。

ひとっこひとりいない、完全な貸切状態でした。

たぶん夏はもっと人がいると思います。

これが有名なジョージア湾缶詰工場(Gulf of Georgia Cannery)です。

かつて、ブリティッシュコロンビア州最大の缶詰工場でした。

1979年に工場は閉鎖し、現在は国定史跡として博物館になっています。

入場料は大人11.70ドル。17歳以下の子供は無料。

入り口横にお土産屋さんがあって、そこは無料です。

毎月ファーマーズマーケットも開催されています。

Gulf of Georgia Cannery / Cannery Farmers’ Market

人気海外ドラマのロケ地

再び街中にもどります。

「Dave’s Fish & Chips」というフィッシュアンドチップスのレストラン。

ちょうどランチどきで、お客さんでにぎわっていました。

実はスティーブストン、「ワンス・アポン・ア・タイム」という人気海外ドラマのロケ地にもなっています。

ドラマを観たことある人なら、見覚えのある街並みだと思います。

内容は、おとぎ話の主人公たちが登場するファンタジー系。

気になる人は、U-NEXTの無料トライアルで視聴できます。

「Cannery Cafe」というラブリーなカフェ。

「ワンス・アポン・ア・タイム」のロケ地にもなったそうで、オムレツセットなどモーニングが人気です。

個人でやっているような小さなお店が多く、かわいらしい街並みです。

海岸沿いの遊歩道

ホエールウォッチングツアーの波止場。

ここから船が出発します。

海岸沿いに遊歩道が整備されています。

地元の人が散歩したりしていました。

見晴らしがよく、とても気持ちがいいエリアです。

対岸にはうっすら、アラクセン国立野生動物保護区(Alaksen National Wildlife Area)が見えます。

「BC Packers」というスティーブストンにあった水産会社の人気商品。

ときどき、遠くから船がやってきます。

海岸沿いに遊歩道を歩いていくと、日本人漁師の銅像(Japanese Fisherman Commemorative Statue)があります。

途中からウッドデッキに変わりました。

フィッシャーマンズワーフからここまで、歩いて15分ぐらいです。

ブリタニア造船所

この先には、ブリタニア造船所(Britannia Shipyards National Historic Site)があります。

一応、ここが入り口のようで看板が立っていました。

ブリティッシュコロンビア州最古の造船所エリアで、国定史跡にも登録されています。

すぐそこに「Seine Net Loft」という造船所が見えます。

Seine netとは、魚を捕るための引き網のこと。

建物の周りをふらふらしていると、スタッフの方が中を案内してくれました。

建物内は広くて、倉庫みたいになっています。

もちろん、展示用として整備されていて、いろいろ説明してくれました。

実はここで、結婚式を上げることもできます。

おしゃれな感じで、意外といいかもしれません。

村上ハウス

造船所の前には、「Murakami House」という昔ここに住んでいた村上さんのお家があります。

この家が建てられたのは1885年。

1929年から1942年の強制移住まで、村上音吉さんと妻のアサヨさん、そして10人の子供たちが暮らしていました。

村上さんは船大工をしていたそうです。

築130年以上なだけあって、すごい年季の入りようです。

しかも、全部木でできています。

普段一般公開されているんですが、この日は改修中で入ることができませんでした。

家の中は、日本の伝統的な雰囲気を残しつつも、洋風でおしゃれです。

村上さんによる手作りのお風呂もあります。

Murakami Family in Steveston

まとめ

漁業で栄えた小さな街、スティーブストン。

戦前、多くの日本人が夢と希望を抱いて移り住み、日系カナダ人最大のコミュニティを築きました。

1942年に強制移住を強いられるまで、バンクーバーのはずれの小さな漁村に、2000人以上の日本人が暮らしていたこと。

忘れてはいけないと思います。

ABOUT ME
宮本鉄馬
宮本鉄馬
アラサー。マイペース。人見知り。編集プロダクション→ポストプロダクション→映像デザイン会社→ワーホリでカナダ、現地就職に失敗→セブ島でIT留学、プログラマーを断念→フィリピンで働く。何気ない日々のことを書いています。