キリスト教は他力本願。良き羊飼いのミサで感じたこと

たまたま立ち寄った教会でミサが行われていた。

テーマは「良き羊飼いの日曜日」。

「良き羊飼い」とはイエス・キリストのことで、イースターから4週目の日曜日をそのように呼ぶ。

今回ミサを聞いて感じたのが、キリスト教は他力本願な考え方が強いということ。

目次

良き羊飼いの日曜日とは

キリスト教ではイースターから4週目の日曜日のことを「良き羊飼いの日曜日」と呼ぶ。英語ではGood Shepherd Sunday(グッドシェパードサンデー)。

そもそもイースターとは「復活祭」のことで、イエス・キリストが十字架にかけられ三日目に復活したことを祝福して行われる一大イベント。

イエスが復活したのが日曜日だったことから、春分の日以降、最初の満月から数えて最初の日曜日がイースターにあたる。

2021年のイースターは4月4日で、その4週目の日曜日が「良き羊飼いの日曜日」というわけ。

善き羊飼いイエス・キリスト

この「良き羊飼い」とはイエス・キリストのことを指す。

ヨハネによる福音書 10章 14-15節には、良き羊飼いに関する記述がある。

わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。 それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。

ヨハネによる福音書 10:14-15 新共同訳

良き羊飼いであるイエスと、イエスに導かれる羊(キリスト教徒)たち。

ヨハネによる福音書からは、迷える子羊たちを救い出すイエスがイメージされる。

イエスに従うと救われる

今回ミサを聞いていて印象に残ったのが、“He guides us”という言葉。

Heとはイエスのことで、神の子であるイエスが私たちを導いてくれるという意味なのだが、冷静に聞くと他力本願な印象が拭えない。

またミサの間は“Pray for us”と何度もお祈りを捧げ、イエスを唯一絶対のように崇める様子は多くの日本人にとって違和感を覚える点だろう。

人事を尽くして天命を待つという言葉があるように、神に祈るのは最終手段と考える傾向がある日本人からすると、それってちょっと他力本願過ぎない?と思ってしまうのが本音だ。

特に日々やるべき行いや心構えについては触れられないため、イエスが導いてくれるよう祈ることが全てのような印象しか受ける。

絶対的な存在を信奉することの強さ

しかし一方で、唯一絶対的な存在としてイエスを信奉することの精神的なメリットもある。

たとえば、国民の8割以上がカトリック教徒のフィリピンは貧富の差が激しく、その日暮らしを余儀なくされている人が多い。

食うや食わずの生活を送る人にとって、イエスを救世主として信奉することが、大きな精神的支柱となるのは言うまでもない。

今日という一日に感謝を捧げ、明日の食べ物のために祈る。

混沌とした世界を生き抜くためにイエスが導いてくれる、そう信じられるだけで大きな勇気が湧いてくる。

コロナで先が見えない中、唯一絶対的な存在を認め、信じられる人間は強い。

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