祖母が認知症になってからどれくらい経つだろう。
はっきりとした年月はわからないが、症状が進行したのは祖父が亡くなってからだ。
住み慣れた自宅を離れ、介護付有料老人ホームに入居して以来、会うたびにひどくなっている。
つい半年前までは、家族の顔も名前も覚えていたが、今日会ったときはもう名前すら出てこなかった。
家族の名前を思い出せないだけじゃない。
容態も目に見えて悪化していた。
数年前から車椅子なしでは歩けない状態だったが、今はベッドで寝たきりだという。
老衰しきった身体は直視できないほど痛々しかった。
会う前から状態は良くないとわかっていたが、それでも実際に対面するとツライものがあった。
車椅子に座っているだけでも、かなりしんどそうで見ていられなかった。
「もう、部屋に戻してあげたほうがいいんちゃう?」と思わず言った。
「そんなん言わんと、おばあちゃんになんか声かけたってくれ」と父が言う。
すると、祖母が子供のようにキラキラした瞳でこっちを見た。
その純真さに思わずドキッとした。
「ほら、おばあちゃんにらんでるやん」という父の言葉に、思わず笑った。
それを見た祖母が、「はじめて笑った」と子供のようにはしゃいだ。
それまで、必死に泣くのを堪えるのに精一杯で、笑顔を忘れていたことに気づいた。
ここにきて祖母に励まされ、つくづく自分の無力さを感じた。
認知症で身体も衰えようと、昔のままのおばあちゃんがそこにいた。
別れ際に聞いた、「長生きしてや〜」という祖母の言葉が頭から離れない。
自分の最期が近いことを悟り、孫へとバトンを渡す、そんな思いが伝わってきた。